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佐久間洋之介

message from yonosuke

Yonosuke Sakuma
1980.12.6---2006.1.2
homespot ; hayama


*date 2005.9.20 海人丸
*date 2005.11.6 祭り
*date 2006.1.8 メキシコの波
*album

海人丸 うみんちゅまる



皆さんサバニというカヌーをご存知だろうか?
元々このサバニは古くからある沖縄の漁船なんだけど、
このサバニをオーシャンアスリートの荒木汰久治くんを中心にその道の達人が集まって、
アウトリガーカヌーにチューンナップし沖縄から愛知までの2000キロの航海に挑戦!
この航海ちょっと普通じゃない、コンパスやエンジンなど文明の力に頼らず、
星、太陽、うねり、鳥、潮を感じながら航海する、
この航海の事をハワイではスターナビゲーションと呼んでいる。
荒木君は日本人で数少ないこのスターナビゲーションを理解している人だ。
そしてこのカヌーについた名前は海人丸と書いて(うみんちゅう丸)
そして、この航海に俺も2週間に渡り参加する事が出来た。
四国の室戸岬から皆に合流して、そこから和歌山に渡り風を待った。

■潮の岬(和歌山県)



この海人丸、風がある時はマストに風を受けてセーリングする事が出来る。
風がない時はヤクというオールを使ってパドルで進むといった具合だ。
サーフィンと違って沖に出るとまた違う知識が必要になってくる。
和歌山の潮の岬の沖ではいい風を受けて台風のうねりに乗るという人生で初めての経験もした。
航海は風まかせなので次いつ出港出来るかは分からない。

■三木浦(三重県)



photo by Utsuki

昔の人は自然を感じながら風を待って航海していたんだな〜と感心してしまう。
自分の体をずっと自然の中に置いていると、忘れてしまっている感覚を思い出す、
思い出すというよりも、もともと自分の体の中にあるもの。日本人は優れた海洋民族、
皆の体の中にもこの血が流れているはず。海とふれあう事でこの感覚を是非とも感じて欲しい。
行く先々の港で暖かい歓迎を受けてとても嬉しかった。
海で生活している人たちは、この事を体で理解しているから、
自然と俺達を受け入れてくれたんじゃないかと理解している。
時間がある時は地元の小学生を集めて、
自分たちが海で経験してきた事を話すと
真剣な目をして聞いていたのが印象に残る。
自分が経験したことを皆に伝えて、
それをエネルギーとして受け止めてもらえればとても嬉しいです。
この航海は愛知の内海に7月30日に約2ヶ月間の末ゴールを迎えた。
そして来年は愛知から東京湾を目指します。
さらに再来年は沖縄から北海道まで航海する予定です。
この航海は日本中の人と人が繋がるビックムーブメントになるはずです。
みんなの応援の声がクルー達の原動力になるので応援の方よろしくお願いいたします。
ホームページ http://www.occj.org

8月10日 葉山にて

集まれ海人丸!というイベントを8月10日、
葉山の一色海岸にある海の家ブルームーンでやらせていただいた。
実際に海人丸が一色にきて航海してきた時の映像をもとに話をさせていただいた。
イベントが始まる前に先日亡くなったハワイアンのレジェンドサーファー、
タイガー エスペリさんのセレモニーを一色海岸の沖でやりました。


海人丸を中心にタイガーさんをしたっていたサーファー達が手を繋ぎ
リングを作り、石井優衣ちゃんがチャント(ハワイ語のお祈り)を唱えた。
最高の天気に見舞われて素晴しいセレモニーになった。
空から見ていたタイガーさんも喜んでくれたことでしょう。

イベントの最後にはサーフィンDVD
DANCING ON THE WHAT を上映させていただいた。
とにかく海の事が好きな人達が集まる最高なイベントになりました。
そして前回SOLAYAにてDVDの制作記念のパティーの時に
皆様からいただきましたエントリー費の半分65000円を
葉山の緑を守る募金に寄付させていただいた事をここに報告します。
DVDの売上金の一部も自然を守る為に寄付していきたいと思います。
次回作も制作する次第なので、皆さんこれからもよろしくお願いします。

photo by Kihei

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森戸神社祭礼

毎年、9月7・8日に行われる葉山のお祭り。

屋台もいっぱい。
「おじちゃん、たいやき100個!!」



じゅえむさん、毎年最高です!
ちなみに去年はバカ殿でした(笑)


この祭りが終わると夏が終わったなって感じてるのは
俺だけじゃないはず。
いや〜2日間盛り上がったね。
終わった次の日は肩とふくらはぎが筋肉痛でぱんぱんでした。
葉山の人って本当に祭りが好きだよね、
それだけ自分たちの地元を愛して、
文化を大切にしている人が多いって事ですね。
それから若い力がありあまった中学生、高校生も
もっと参加しよう。

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メキシコの波

メキシコのプエルトエスコンディード
ここの波はマジで半端じゃなく掘れていてドチューブ!
それだけにテイクオフがヘビーなんだけど、テイクオフが凄ければ凄いほど
後のチューブも凄くなる。
この波はそんなテイクオフが難しい波だったけど、
7’6のピーター マッケイブの板だったら行けると思いチャージした。
最後はクローズしたしまったが、自分が男になった瞬間だった。

*追記*
ご存知の通り、2006年1月、洋之介は25歳という若さで他界した。
このページを作成中だった。
まだ伝えていないメッセージをたくさん残したまま・・・
生前、洋之介からは色々なことを教わった。
彼の意思を絶やすことなく伝えていきたい。

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YONO'S ALBUM




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佐久間泰介 in Puerto

佐久間 泰介
Sakuma Taisuke
1982年8月5日 生まれ
O型
ホームポイント:葉山
スポンサー: B.Bデザイン クラシック、パイオニアスキン ウェットスーツ、FAB、XM、アストロデッキ
好きなサーファー:ケリー・スレーター、トム・カレン、ジェリー・ロペス、ロブ・マチャド
今後の活動予定:今年はアマチュアの大会を回り、冬はハワイへ来年はJPSAを回る



佐久間泰介 in Puerto VOL.1

僕はプエルトエスコンディード(MEXICAN PIPE LINE)に
サーフィンするため約半年間行ってきた。
プエルトのシーズンは5月〜8月の間で波が続くと
2週間くらい4ft以下にならず、
フラットでも頭くらいは必ずあると言っていい。
1〜10ftくらいまではサーフィン可能で、気温は年中暖かく、
トランクス1枚で十分だ。
僕は「サクラ」という日本食のレストランをしている
ミホコさんという方の家に泊り、レストランを手伝いながら、
サーフィンを楽しむ生活を送っていた。
店は海の目の前で、メニューはスシ・天ぷら・テリヤキ・
チャーハンなどと観光客に人気だ。

波は、やはり朝が一番チューブになる。昼になると風が入り、
サイズは十分あるがその間サーファーはほとんど入らない。
夕方になると風がやみ、またセッションが始まる。
プエルトは観光地でアメリカやオーストラリアからよく人が来るため、
上手なサーファーが常にいる。
僕が半年間で見た有名な人をあげると、
ロブ・マチャド、ダン・マロイ、タジ・バロウ、ジェイク・パターソン、
ベッシェン兄弟、CJ、コリー・ロペス、
テイラー・ノックス、カラニ・ロブとかなりワールドワイドな場所である。


波の方もワールドワイドで、まるでハワイの
パイプラインを思い出させるような波が立つ。
しかも、それがビーチブレイクなのだから驚きだ。
水深は恐ろしいほど浅く、
下が砂だからと言って油断はできない。
しかも潮の流れが強く不規則で知識のない人は
溺れてしまうかもしれない。
僕は、最初の1、2ヶ月は全然乗れなかったが
途中から体も慣れてきて、サーフィンもだんだん楽しくなってきた。


サクラの営業時間は、午後1時から午後11時なので、
約10時間以上仕事をしなければならない。
僕は未経験ながらスシを握っていたが、
途中もう一人のスシ職人が辞めてしまい、
代わりが来るまで長時間の立仕事と
朝のサーフィンで体がきつく、何度も倒れそうになった。
今ではそれもいい思い出になったが、その時は必死だった・・・


僕はこんな長く海外に出たこともなかったし、
しかも海外での仕事も初めてだったし、
様々な面で僕にとってはかけがえのない
最高の思い出になり、
サーフィンだけでなく色々なものが
吸収できた半年になったと思う。
僕はこれを読んでくれた人に、
日本だけにとどまらずぜひ海外に出てもらいたい。
海外の素晴らしさや、日本との価値観の違い、
考え方の違いなどを見るのも楽しいかもしれない。

佐久間泰介 in Puerto VOL.2

プエルトの波は大きくなればなるほど掘れる。
しかもほとんどがクローズアウトし、
いいポジションからでないと乗るのは難しい。
さらにピークはおそろしいほど掘れて、まるでサーフビデオでも
見ているかのようでテイクオフが少しでも遅れると
絶対にワイプアウトしてしまうので少しも気が抜けない。
ここの海ではかなり長い板が必要になってくる。
テイクオフの時にスピードがないと板は走ってくれないからだ。
あのジェイシースターリン(ハワイのプロサーファーで
去年エディの大会にも出場)
が8ftの波の時に9.4を使用しているのを見た。

僕の持っていった板は6.0、6.6、7.2、8.2だ。
波が小さい時は6.0、6.6をよく使用するが、
小さくてもチューブになっている時は、
6.6の方が板が走り楽しめる。
あまりチューブじゃない時は6.0を使用し、
ビックウェーブの疲れを癒してくれるかのようにおもいっきりリップ、エアー、
なんでもありで最高に楽しい。
波が大きい時は迷わず、長い板を使用する。
だいたい4〜5ftくらいなら7.2、6ftからは8.2を使う。
8ft〜10ftの時は9.0以上の板使いたかったが、
そんな長い板は持っていなかったので、8.2を使った。


ある10ftの日、この日ほど8.2が短く思ったことはなかった。
まずパドルアウトするときは正面からだとセットをくらう確率が
高いので、ビーチの端から出た。
もちろんノーリーシュだ。ここではほとんどの人がノーリーシュを好む。
板にクラッシュする可能性が高く、ボディボーダーですら
ノーリーシュを好む。
タイミングをみはからい、沖にフルパドルで向かった。
無事にパドルアウトし、
心臓の鼓動はピークに行くにつれて段々速くなった。

ピークにつくと自分のポジションを決めて、20分くらい経ったときに
三角波(8ft)の最高の波がきて思いきりパドルしたが
8.2では短すぎて途中でやめてしまった。
後ろを振り返ったら10ftクラスの波が来ていて正直ヤバイと思った。
沖にフルパドルしたがギリギリ間に合わないと思い、
板を捨て自分だけ深く潜りなんとか切り抜けた。
もしリーシュを付けていたらセットを全部くらうところだった。
(こういう時にノーリーシュで良かったと思う)
結局この日はノーライドで終わった。
そう簡単にはここの波は乗らせてもらえない・・・

佐久間泰介 in Puerto VOL.3

今回はタイスケのガキの頃からの親友ナオヤに、
タイスケに対する思いを書いてもらいました。
ちなみにタイスケとナオヤは、サーフィンに対する熱い思い対決(?)のライバルだそうです。
では 読んでみて下さい。

今回のプエルトライフはサーファータイスケにとって
とてもデンジャラスな旅だったと思う。
写真を見たり、タイスケの話を聞いて本気で怖くなった。
出発の日成田まで送る車の中でお前の熱い思いと
これからのサーファーとしてのポジティブな人生観は
オレの中ですごく大事なものになっている。

オレはお前がアニキを越えてサーファーーとして人として 
でっかくなることを信じている。
オレは結婚して父親になる。
お前に「熱いお父さんサーファーになれよ」
って言ってもらったけど、
オレはお前のサーフィンを見てお前の生き方にこれからも
刺激とやる気をもらうぞ!

タイスケのサーフィンはすごくシンプルだと思う。
波と板と体のスタイルがすげぇマッチングしていて、
ラインが大きく一つ一つのアクションがキレイでかっこいい。
パワーとサイズのある波のとき、テイクオフとボトムターンが
めちゃくちゃかっこいい。

タイスケは人として心が広いヤツだから?
海の中でも一人だけ違う雰囲気を持っている。
ヌケているだけかも?しれないが、
その雰囲気はサーフィンのスタイルに出ている。

この先いろんなヤバイ波に乗っていって
そのうちとんでもないサーファーになるだろう。
一緒に海に入っているヤツや、見てるだけのヤツにも
何か心に残るサーフィンをするサーファーになると信じている。


三留 直也
1982.10.17 生まれ
(有)三留モーター商会 勤務
趣味はサーフィンとトライアル(オフロードバイク)
最近結婚し、一児のパパとなった

佐久間泰介 in Hawaii

2009年3月 ハワイ

ハワイに着いてから3日目の朝の出来事だった
この日の朝一に「泰介!波デカイよ!」と輝士が起しにきてくれた

泰介「どれぐらい波あるの?」
輝士「サンセットで10feet overあるからワイメアが良いと思うよ」
泰介「マジで!!」

直ぐにサーフボードを手に取りワイメアに向かった
輝士は自転車で向かい、僕は車で向かった(ステイしている家が違うので別行動)
僕のサーフボードは9’
輝士のサーフボードは9’8”
ワイメアに着くと8〜13Feet の波が押し寄せていた
早速、ストレッチをしながらイメージトレーニング
その後、輝士もビーチに到着したのが目に入ったがあえて声は掛けなかった
僕は波が大きい時、特に海に入る前は出来るだけ人と接触しないようにしている
パドルアウトしピークに着くと僕の地元(葉山)の先輩でもあり、プロサーファーでもある
沼田裕一にあった
海の中で会うのは2年ぶりぐらいだったのでとても心強かったし
心和んだ瞬間だった
またこの神秘的な場所で会えたので忘れられない出来事だった

ピークについて直ぐ波が来たので板を返してフルパドルし、テイクオフ しようとしたら輝士も同時にテイクオフ!
僕は心の中で(お前もこの波にいくのか!!)と思いつつメイクすることに集中した
輝士はこの後プルアウトし、僕はボトムまで下りて最後まで波に乗った
沖に戻ると満面の笑みで

輝士「ごめん泰介!前乗りしちゃった」

と僕が満面の笑みで

泰介「大丈夫だよ、ここはワイメアだしね」

この波が2人にとって、この年のワイメアのファーストライディングだった
この後はみんなでワイメアの波乗りをして楽しんだ
最高の思い出だった



写真:ワイメア
手前 金田 輝士
奥  佐久間 泰介

金田 輝士(かねだ きよし)
輝士は僕と同い年で82年生まれ
元々は大阪の生まれでサーフィンをするために千葉県鴨川市に在住し
今はプロサーファーとして活動している
サンセットのサードリーフという日本人宿にステイしビックウェイブの腕を毎年磨いている
かなりのガッツの持ち主で、ソウルフルなサーファーである
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RIDERS

西村和洋
Kazuhiro Nishimura

sponsor:
アメ屋SURF、CHANNEL ISLANDS、RLM
主な戦績:
第3回オンショアマスターズ 優勝
守屋潤二
Junji Moriya

sponsor:
アメ屋SURF、オニール
主な戦績:
第1回サーフィンクラシック オープンクラス 優勝
photo by 喜平